デビュー当初から活躍を期待されたヴィクトワールピサは、武豊騎手から、この馬は三冠馬になる素質があると高い評価をされていました。
デビュー戦こそ、この年の朝日杯フューチュリティステークスを制し、最優秀2歳牡馬、後にジャパンカップを制するローズキングダムに負けるものの、その後は連勝街道を歩み、クラシック戦線の登竜門と言われていた当時のラジオNIKKEI杯2歳ステークス、皐月賞の前哨戦である弥生賞を制し、三冠間違いなしと言われました。
しかし、ここで予期せぬアクシデントが襲い掛かります。
ここまで乗り続けてきた武豊騎手が落馬負傷し、春競馬を全休することになり、岩田騎手にスイッチ。
バトンをしっかりつながないといけないという強いプレッシャーに襲われた岩田騎手でしたが、そのプレッシャーに勝ち、皐月賞を快勝しました。
ダービーは超スローペースの前になす術なく敗れ、三冠の夢は潰えました。
その後は凱旋門賞を目標に調整が行われ、遠征しますが7着、帰国直後のジャパンカップは3着と健闘し、有馬記念を迎えます。
海外からの遠征帰り、しかもジャパンカップを挟んでいることから体調面の不安視が囁かれましたが、有馬記念から手綱を握ることになったデムーロ騎手がうまく乗り、ブエナビスタをわずかに退け、優勝し、デビュー当初からの期待に見事応えました。
そして、ヴィクトワールピサの陣営は2010年からオールウェザーと呼ばれる、芝でもダートでもない第三の馬場で争われているドバイワールドカップの参戦を表明しました。
前哨戦を快勝し、ドバイに乗り込んだヴィクトワールピサは本番でもデムーロ騎手の落ち着いたレース運びで4コーナーで先頭に立つと、他の馬を最後まで抜け出させることなく、ゴール板を駆け抜け、1996年から参戦し続け、数多くの涙を飲んできた歴代の日本馬の雪辱を晴らしました。
2着は同じ日本のトランセンドで、世界の最高峰レースで日本馬がワンツーフィニッシュという快挙を達成しました。
その後はドバイワールドカップですべてを出し切ったのか、なかなか本調子とはいかず、またケガにも泣かされ、有馬記念を最後に引退しました。
三冠を期待されながらもそれは叶わなかったものの、それ以上の功績ともいえるドバイワールドカップの制覇は当時震災で混乱の真っ最中だった日本に元気を与えました。
ヴィクトワールピサの子供は2015年からデビューを始めています。
父親の夢を叶える子供がでることを誰もが願っています。