イラスポニータは2013年の6月にデビューしたJRA所属の競走馬で、2014年の皐月賞を制した馬です。
初勝利は競走馬としてデビュー戦となった2013年の6月2日の東京競馬場の芝1600メートルの新馬戦です。
この時の鞍上は蛯名正義騎手で、2着に1馬身と4分の1の差をつけて快勝しました。
続いて出走した新潟2歳ステークスは勝ったハープスターに3馬身差をつけられた2着でしたが、10月の東京のいちょうステークスは直線で鮮やかに抜け出して2勝目をあげましたそして11月の東京スポーツ杯2歳ステークスも勝って重賞初制覇を飾りました。
この時の勝ち時計の1分45秒9は、東京競馬場の芝1800メートルの2歳コースレコードを0.1秒更新する優秀なものでした。
この勝利でイラスポニータはクラシック戦線に名乗りをあげ、3歳以降の活躍が大いに期待されました。
そして2014年は、2月の共同通信杯を勝って重賞2連勝を飾り、そのまま皐月賞へ直行しました。
そしてその皐月賞ではトゥザワールドとの叩き合いを制し、見事にG1馬となりました。
蛯名騎手及び栗田調教師は皐月賞初制覇となりました。
また、フジキセキ産駒にとってはこれがクラシック初制覇でした。
次走の日本ダービーではワンアンドオンリーに敗れ、クラシック2連勝とはなりませんでした。
秋は菊花賞トライアルのセントライト記念から始動し、ここでは見事に1番人気に応えて勝ちました。
この後菊花賞に出走せず、古馬に交じって秋の天皇賞に出走することになりました。
ここではスピルバーグとジェンティルドンナには先着を許したものの、同走と3着に入線しました。
これらの活躍が認められ、2015年1月6日に行われた2014年度JRA賞受賞馬選考委員会において、イラスポニータは最優秀3歳牡馬に選出されました。
2015年は3月の中山記念で5着に敗れ、その後大阪杯を目指していた際に追い切りでアクシデントが発生してそれがきっかけで春の目標であった安田記念を回避し、再始動の10月ませ休養しました。
再始動した10月の毎日王冠では単勝人気は7番人気ながら3着に入線し、復活の兆しをみせました。
そして次走の秋の天皇賞でも3着に入り、その次のマイルチャンピオンシップも3着に好走しました。
このレースを最後に引退しましたが、結局4歳時はケガの影響もあり、勝利はなく、3回連続3着と堅実な成績で競走馬生活を終わったのです。